2015年6月1日 第197話             
心の鮮度
 
    「すべてのものは苦なり」と、
    よく智恵にて観る人はこの苦をさとるべし、
    これ、安らぎにいたる道なり   法句経
            

長生きの条件

 人も、そして、生きとし生きるものも、どうしてこの世に生まれてきたのか、そして生きている意味とはいったい何なのか。だれでも、このことに思いをめぐらすことがあるでしょう。それは、それぞれの生き物が子々孫々に繁栄していくということに意味があるのでしょうか。

 いずれの生き物も、それぞれの命が受け継がれてきたから、その命を子々孫々に繁栄させるということが、生まれてきたこと、生きることの意味だといえそうです。だとすれば、その能力に陰りが見えてくると、死滅に向かうことになるのでしょう。すなはち老化がすすみ、やがて死んでいくのです。

 それでは、体力的にも精神的にも若々しく保てれば、老化の進行を遅くできるでしょうか。老化の速度を遅くすることで長生きできるかもしれませんが、いつまでも若くありたいと願う気持ちがあっても、長生きの条件がそろわなければ、老化の進行をゆっくりとしたものにできないでしょう。

 人間という生き物は他の生き物とちがって社会的生き物であるから、社会的にも子孫繁栄に貢献できるということが長生きの条件に付加されます。すなわち、社会的子孫繁栄のための貢献能力とは、年齢にかかわらず、その人の存在が世の中にとって必要であるか否かということでしょう。

長寿の課題

 老化がすすむと、体力も気力も衰えてくるから、何をするにも持続力がなくなり、疲労の回復力も低下します。筋力が落ちるとちょっとしたことで足腰に疲れがきて、筋肉痛になったり、歩行さえも困難になります。動作がとろくなり つまずいたり、転んだりします。歯が抜けてかたいものが食べられなくなる。耳が聞こえにくくなり、視力も衰えてきます。加齢とともにさまざまなことが悩みとなります。

 老いにともない、物忘れがひどくなり、思考回路も衰え判断能力が弱くなる。これまでにできたことが、できなくなり、何をするにもついおっくうになってしまいます。病にかかりやすくなり、快復力も衰え精神的に気弱になる。そして、やがて自分で何ごともできなくなり、他の人の力を借りなければ、生活できなくなります。

 日本人は、世界保健機構(WHO)加盟国のなかで世界一の長寿国になりました。日本人女性の平均寿命は世界最長で87歳です。日本人男性の平均寿命は80歳で世界第8位、男女平均寿命は84歳で、前年に続き首位を維持しました。先輩たちが経験したことのない長寿の時代をどのように生きるか、今、このことが課題になりました。

 老いにともない悩みや心配ごとが増えるにつれて、わがままな年寄り根性が強くなるけれど、老いることで悪いことばかりではないはずです。
 年の功で、人生経験が豊かになり多様な判断能力が身について、なにごとにも偏らずに多角的に理解しようとします。相手の気持ちも受け入れようとする寛容な気持ちの余裕もできて、自己本位の思いをおさえて、相手の立場に立って理解できる。さらには人をおしのけて進むことよりも協調性を重んじたり、対決軸を持とうとしなくなります。このような「老人力」をどのように社会的子孫繁栄のために発揮するのか、これが長寿の課題でしょう。

より色っぽく

 瀬戸内寂聴さんが5月15日に93歳の誕生日を迎えての心境をNHKのクローズアップ現代に出演して国谷キャスターに語られた。寂聴さんは昨年、胆のう癌がみつかり、高齢だから手術を受けるにあたり命の存続が危ぶまれたが、その快復ぶりはだれもが驚くばかりでした。

 闘病中に原因不明の激痛にもおそわれ、寝たきりの日々に気持ちが落ち込みうつ状態になり、うつ状態を回復しないと病気も治らないと、読書をすることで乗り越えられたそうです。そして「今、生かされている」その意味を考えるようになりましたと話されました。

 入院中は自分もこれで人生が尽きるのかも知れないと覚悟されたようです。それでもまだ死ねない、まだすべきことがある、なにごともなさねばならぬと思うようにすれば、病気に立ち向かう気持ちがすこしずつ高まったそうです。歩行できないかもしれないと思われたが、退院後も自分で気持ちを入れてリハビリしたから歩けるようになり、それから、小説を書こうと思うようになったそうです。

 快復とともに「生かしていただいている」という気持ちがわいてきて、何をすれば世の中に役に立つのかと自問自答し、それは小説を書くことだ思い、また原稿用紙5枚の色気あふれる短編が書けましたと、NHKのクローズアップ現代に出演して語っておられました。

心の鮮度を保つ

 瀬戸内寂聴さんは若者に「青春とは恋と革命」だよと話しかけておられる。「青春とは恋と革命」というフレーズは、青春期だけでなく、いくつになってもそうありたいということでしょう。老いぼれたからと内にこもらず、積極的に社会と関わりを持ちましょうということでしょう。

 いつも心の鮮度を保つことが大切です。そのためには、心が感動するように行動せよということです。そして、「あなたの存在が必要なんです」と、そう言われるような人間関係ができればうれしいです。

 老いゆく身でありながら、老いないということ、病む身でありながら、病まないということ、死すべき身でありながら、死なないということ、滅ぶべきものでありながら、滅びないということ、尽きるべきものでありながら、尽きないということ、これこそが苦です。

 だれでも老いを感じはじめると、時の流れもいっそう速やかに感じて老いを嘆きます。この世の中の何もかもが一瞬たりとも同じ姿をとどめない、すべてのものは移り変わっていく。無常とは変わることだと知っていても、どのように、またいつ変わるか予想できません。そして自分の思い通りにならないことばかりです。だから不安であせりいらだつのでしょう。「すべてのものは苦なり」と、それが事実だと受けとめるところに安らぎが得られるのでしょう。

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