2015年3月1日 第194話             

心迷わす心

 
  心こそ 心迷わす心なれ 心に心 心許すな  沢庵禅師
            

ひきこもる大人たち

 自立したはずの社会人が、ある朝突然に「会社に行こうにも身体が動かず、家から出られなくなった」という。大人たちがなぜ突然家から出られなくなってしまうのでしょうか。
 会社に着いても、仕事場に入れなくて、結局、家に帰ってしまい、休職し、そのうち退職してしまう。家から出られない、自立した大人がひきこもり状態になるのはなぜでしょうか。

 経済環境の急速な変化についていけない、与えられた課題に対応しきれない、上司との関係がうまくいかない、職場の雰囲気に適合できない。そういうことがきっかけで、大人のひきこもりが深刻化しています。
 40~50代の中年世代のひきこもりが増えているという。祖父母や両親の介護をするために退職し、実家に帰ったが、地元で再就職できず、社会から孤立してしまう人も多いようです。

 日本の企業を支えてきた、職場のファミリーのような人間関係がなくなり、終身雇用システムから成果主義の流れは個々のつながりを無くして他人を気遣うサポート体制も壊れてしまった。これまでの会社員なら自分を殺してでも、上司や会社の理不尽に堪え忍んでいったのですが、それはサポート体制があったからです。ところが最近では離脱すると、行き場がないのです。

 今日、会社に行けなくても、翌日になったら、無理してでも会社に行く人もあれば、そのまま長期欠勤になる人もいる。
 眠れない日が続き、やがて朝起きられなくなって、会社に出勤できなくなり、心療内科に行っても、多くは心身症やうつ病と診断される。抗うつ剤や睡眠導入剤などを飲んでも効果が無ければ、会社は休職扱いから症状が回復しないと退職になってしまいます。

なぜひきこもるのか

 朝起きると突然体が動かなくなり、家から一歩も出られなくなる、そういうことがあるのです。
 明星大学の人文学部の高塚雄介教授によると、「心理的なメカニズムで起こる、一種のヒステリー反応だ。建前としては、こうしなければという認識があっても、実際にはそれができないと葛藤が起きる、その葛藤処理がうまくいかないときに、体が動かなくなる。こうした症状は病気でなく、誰にでも起きる。疾病利得といって、体が病気をつくってくれる自己防衛反応だ」という。

 就職してどこかでつまずき、やがて働こうとするエネルギーがなくなって、引きこもり状態になる。
 「自分へのこだわりの強い人、また、自尊心やプライドを押し通す自信がなく、自己主張ができない人。」「人と争ってまで自分の考えを押し通して、トラブルの原因をつくりたくないから、自分の世界にとどまりじっとしているしかないと思う人」。
 多くの人は、矛盾をかかえながらも会社に行く、でも、ひきこもる人もある。その違はどこにあるのか、矛盾などの葛藤を自分で乗り越えられるかどうかの違いで、葛藤処理体験が少ないと葛藤処理能力が身についていないから、ひきこもってしまう。

 ひきこもる人にはいくつかの共通点があるという。たとえば、一度に2つ以上のことをするとか、何かをしながら別のことをやるというような、注意の配分が苦手だというタイプ。機転がきかないとか、コミュニケーション能力や臨機応変さが弱いという人で、注意転換が困難である人、このようなこととひきこもりとが、なんらかの関係があるといわれています。

 また、ものごとを自発的にすることを楽しまない人、すなはち自主性に欠ける人、人と関わるよりも、モノに関心が行きやすい人で、コミュニケーションでいきずまり、職場不適合になりやすいという人。そして、誰かあるいは何かに対して、強い恨みを持っていて、いやな思いを蘇らせ思い浮かべる。記憶を再体験してそれにとらわれてしまい、気持ちを次に切り換えられなくなるような人も、ひきこもりになりやすいという。

一人で、家族だけで抱え込まないで、「苦しい」と、声をあげましょう

 ニートは「仕事を探していない人」のことをさし、スネップは「友人や知人との交流がない無業者」のこと、ニートは35歳未満が対象だが、スネップは59歳までが対象。ニートは「貧困」を問題とした言葉であり、スネップは「孤立」を問題としている。スネップは、現在日本に162万人以上いるといわれ、この10年で2倍に増えているという。

 20歳から59歳で、現在結婚していない、仕事していない、2日以上ひとり、もしくは家族としか話さない、これら4つ全部にあてはまると、スネップらしい。未婚で無業のうち、ふだんずっと一人か一緒にいる人が家族以外にいない人々を指す。
 就労してから職場不適合を起こすのは、男女別では男性が多くて、引きこもりの高齢化がすすんでいるという。ところが離婚や介護、転職をきっかけに孤立してしまう女性のスネップも増加している。

 視覚や聴覚に異常を感じたことがある人は、感覚に対して敏感で、記憶によって想起される感情に対しても敏感になる。それで、自分にとって好ましくない思考や感情、感覚、記憶などを回避する傾向が強い。そういうことが就職活動への不安にもつながっていくようです。
 自分はひきこもりやすいタイプだと、この自覚ができれば、それでよいのでしょう。劣等感を持っていても、それが活力源にも、また、自分らしさを発揮する利点にもなるでしょう。

 ひきこもっている人は、対人恐怖、将来に対するあせりや不安、家族の言動に対するイライラ・不快感、孤独感、寂しさを感じています。第三者的視点を持つ他者とのつながりがあれば、それが社会参加のきっかけになるのですが、そういう機会がなかなか持てません。
 一人で、家族だけで抱え込まずに誰かに相談して、「苦しい」と、声をあげましょう。

どうすれば引きこもりを脱出できるか

 人は何かにつけて自分の行動の原因は過去にあると思っています。過ぎし日々の体験が自分の今の行動を決定づけていると思っているから、過去を悔やんだりします。
 一分一秒の間にも自分の体は新しい私に生まれ変わっているのに、頭の中では変わらない私だと思っているから、過去を引きずってしまいます。そうすると、今日も明日も、変わらない過去の私のままだから、未来にも不安を感じてしまいます。

 ところが過去の出来事は自分が今日まで生きてきたストーリーであり、今、そして明日へと新しいストーリーを自分が書き続けていくのだと、そのように考える人は、前向きで過去を引きずらないから、
過去を行動の原因にしない。
 今、自分はどういう生き方をしたいのか、そのために目標・目的を持って行動します。過去を行動の原因とせずに、目標・目的による生き方へと今、レールを切り替えることが、ひきこもりからの脱出の最初の一歩になるでしょう。

 ひとりの個人が社会的な存在として生きていこうとするとき、直面せざるを得ないのが対人関係です。自分は他者の期待を満たすために生きているのではない、他者は自分の期待を満たしてくれるために生きているのではない、そう受けとめたい。
 他者から承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、ほんとうの自分を捨ててしまい、自分らしい人生を生きられません。

 人間という言葉の意味を広辞苑で見ると、まず最初に、「世の中」とあります。人は世の中に生まれ、世の中で成長し、世の中で生きていく。だから世の中で必要とされる人間であるべきです。
 ひきこもっていても、幸せとは何かを考えましょう。
 「幸せの条件とは・・・自分が他から必要とされている、そういう生き方をしている」と、感じることです。「他者すなはち世の中に貢献できる生き方」を目指そうと心を新たにしたい。
 「心こそ 心迷わす心なれ 心に心 心許すな」とは、とらわれ心、こだわり心を捨てよ、過ぎたることに心とどめるな、と、沢庵禅師が教えられた。家族の後押しと、家族以外の第三者の助けもかりて、ひきこもりから自立する勇気を取り戻しましょう。

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