2015年2月1日 第193話             

善身

   最勝(さいしょう)善身(ぜんしん)(いたずら)にして露命(ろめい)無常(むじょう)(かぜ)(まか)すること(なか)
                                   修証義

今、8人に1人
が「うつ病」か「うつ状態」にあるといわれています

 右肩上がりの成長が望ましいと、それがあたりまえのようにいわれ続けています。毎日の通勤では時間に追われて満員電車に押し込まれ、仕事といえば経済効率・利益優先の要請に追いまくられ、まるで車のガソリン補給をするかのような食事をとり、仕事の疲れを癒す睡眠すら不足がちになる。そんな不自然な生活をしている人がとても多いようです。

 情報化や技術革新の進化によって、あらゆる分野でスピードが要求される。深夜業務が増えて休みが取れないと、疲労が蓄積します。サラリーマンは常にキャリアアップをめざして自己努力をすべきだといわれる。一生懸命会社につくさねばと、自分と会社を運命共同体のように思っていても、最近では会社と個人の絆も弱くなり、いつ解雇されるかわからない。非正規雇用の場合は、雇用の継続にいつも不安がともないます。

 そういうことで、心・身体ともに負担がかかり、頭痛やめまい、腹痛、生理痛、吐き気、下痢、寝汗、動悸、過呼吸発作、手の震え、食欲減退、性欲減退、等といった症状があらわれることがあります。このような「うつ」につながる初期症状が現れても、さほど気にせずにいますと、注意力が低下したり、生活が不規則になり、そのうち憂鬱感、悲哀感、不安感に悩まされるようになります。

 こうしたシグナルを早めに察知できればよいのですが、体調不良がメンタルな問題から来ていることに気づかないのです。最初のちょっとした体調の変化を感じた段階で、無理にでも3~5日くらいの休みを取ると、メンタルヘルス不全に陥るのを食い止めることができるかもしれないのです。思いきって休みを取れば、「うつ」で長々と休まなければならないことと比べるとずっとましです、でも、それができないから問題なのでしょう。
 このような悪循環は現代人の誰もが陥ることです。日本では今、8人に1人が「うつ病」か「うつ状態」にあるといわれています。 


精神力が強く我慢強いと思っている人は「うつ」になるリスクが高い

 人間は進化の過程で脳がどんどん発達してきました。感情・欲求などは心のはたらきだとすると、頭(脳)は、コンピューターのような働きで、記憶・計算・比較・分析・推測・計画・論理思考等の情報処理をします。シュミレーション機能も持っていて、過去の分析や未来の予測も行います。ですから過去の後悔や未来の不安などの感情は、心でなく頭(脳)でということになります。

 頭(脳)によるコントロールは、心や身体に向けられます。心と身体の不安定要因は頭(脳)に対する心・身体の対立や、分裂から起こるといわれています。頭(脳)が心・身体に長時間にわたり一方的に命令すると、心・身体が疲弊してしまい、体調不良の初期症状が現れます。「うつ」の症状が現れていても、自分で気づかないと、深刻な状態に進んでしまいます。

 過去の後悔や未来の不安といった感情は心でなく頭(脳)の働きによる。セロトニンなどの脳内伝達物質のアンバランスが、うつ病やパニック障害などの原因であるというのが専門家の一般的な考え方です。「うつ」の根元的原因は何であるかをはっきりさせないで治療に薬を用いても、薬にはその人の価値観や性格など、生き方を変えたりする力はありませんから、根治療法になりません。

 精神力の強い人、意志力や我慢強い人こそ「うつ」になるリスクが高いといわれています。強い精神力があればうつにならず、心の弱い人がうつになるのだと思い込み、虚勢をはるうちに自分を責め続けて、状態を悪化させてしまうようです。「うつ」の発症は現代人の不自然な生き方に対する自分自身の内なる警告かもしれません。

逆転の発想が療養の質を変える

 「うつ病」のさまざまな症状は、外部の環境要因やその人の内的なあり方が相互反応しておこります。こうした「うつ病」の症状や苦悩そのものが自身のこれまでのあり方を問い直させ、自然で自分らしい生き方を再発見させてくれる可能性をもっていることにも着目したい。内からの重要なメッセージですから、このメッセージをまず受けとることが「うつ病」の治療になるのでしょう。

 「うつ病」の治療は、自然治癒力の発動を妨げているものを取り除き、本人の内からの自然治癒力が発動して達成される。それは元の状態に戻る修繕としての治療でなく、再生や新生をめざします。「うつ」が治ることについて、専門医は治癒という言葉を使わず、寛解という専門語を使うそうです。症状が緩和されて病気の勢いが治まった状態を指す言葉で、完全に治ったのでなく、病気の勢いが衰えて症状が出ていないが、再発の危険性は残っているということです。

 「うつ病」が続くと、終わりなき苦しみから解放されたいから死にたいと思う。それは、自分らしく生きたいという痛切な心の叫びでもあるのでしょう。死にたいということを口に出す人は、ひょっとしてこれを口に出すことによって、何らかの救いが得られるのではという期待を持っています。だから、だれかに自分の気持ちを共感して欲しいのです。「うつ」の状態がとてもひどいときは自殺の意欲も弱まっていますが復調途上においては気持ちが不安定に揺れるから、励ましたり叱ったりすると逆効果になるようです。

 「うつ病」というのは何らかの心・身体不調のメッセージを伝えるべく、自分自身の内側からわき起こってくるものであり、自分自身を好ましくない状態から救い出そうとしているとも考えられます。とりわけ「うつ」は、その人本来の自然なあり方が再発見されたとき、問題の症状や苦悩は消失します。自身のこれまでのあり方を問い直す、よい機会だと思えばよいのです。

最勝の善身を徒にして露命を無常の風に任すること勿れ

 自分のことを価値のない人間だと思いたくないから、人からの評価を気にして、努力して結果を出さなくてはと思う。価値がない人間だからこそ人一倍努力して成果を上げなければ誰からも好かれず、生きている資格がないとまで思うようになる。それで不自然な生活が慢性化して、自分の心の悲鳴に気づかず、様々な身体の不調を招いてしまいます。

 そもそも、幸せになりたくて仕事をしていたはずなのに、いつのまにか会社のために仕事をしている自分になっていたのです。世間的に評価されることを求めて、不自然な努力を自分に強いる生活に慣れっこになり、自分らしさを忘れてしまうのです。
 「うつ」からの脱出とは、元の自分に戻ることでなく、モデルチェンジしたより自然体の自分に新しく生まれ変わるということでなければならない。生き方や考え方について根本的な見直しをする、その勇気が大切です。

 人は一人で生きているのではなく「人の間」に生きているから、人間関係をつくって生きていかねばならない。それで人間の悩みは対人関係から生じます。一人では生きていけないから、対人関係の悩みから逃れることはできないのです。けれども自分と関係のある人々は、すべて私の仲間であると思えれば、世界の見え方はまったくちがったものになるはずです。

 人間は社会と関わって自分をその中で生かすことができれば、そして幸福とは他者に貢献することだと理解できれば、自分自身の力で生きていこうとする勇気もでてくるでしょう。しかし自己に執着しすぎると他者への貢献ができないから、自己に執着しない生き方に変えていくべきです。それには常に肩肘張らず、背筋伸ばして姿勢を正して、お腹の底からゆっくりと息を吐く、そういう生き方の姿勢を心がけることから始めましょう。ちょっと意識すれば、いつでも、どこでもできることです。人に生まれてきた「最勝の善身を、徒にして露命を無常の風に任すること勿れ」です。

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