「鐘の音」   和尚の一口話            1999年5月1日
 
        第四話  
福の神は笑ってる

                          

   
  たとえ自分に幸せがこなくとも、
     困っている人や苦しんでいる人と幸せを分かち合い、
     喜びを感じながら歩くことができる人は幸せです



 福の神と言えばどんな姿を思い浮かべますか、たぶんよく目にする、恵比寿さんや大黒さん、お多福のお面ではありませんか、お馴染みの福の神です。
 そんな福の神はみな笑ってます(毘沙門天だけは憤怒相ですが・・・・)福笑いといいますか、みな腹の底から豪快に笑っています。それでは、なぜ笑っているのでしょうか、たぶんそれは、福の神が多くの人々に福・すなはち 幸せを授けることができた、 その喜びが満面にあふれて、あの笑いになっているのでしょう。


 世の中不景気のせいか、さまざまな事件がおこります、現代人の錯覚とでも申しましょうか、 「金」がすべてだと思いこんでいる人、幸せを独り占めできると思っている人も多いのではないでしょうか。

 バブル崩壊に見られるごとく、日本人はみな「金」と「モノ」にしか価値を認めなくなってしまったのでしょうか。


 
あなたの周りを見渡してください「この世の中、たった一つだけで、自分だけで存在できていると、言い切れるものは何一つありません」
 生きるためには多くの命を食べ物とし、そして天地自然や多くの人々に支えられて、日々生活しています。
 自分の力で生きていると思っているだけで、生かされていると言ったほうが正確でしょう、だから「だれでも、自分だけの幸せなど絶対にない」ということです。

 損得勘定と自分のわがまま勝手を離れたならば、たとえ自分に幸せがこなくとも、困っている人や苦しんでいる人と幸せを分かち合い、喜びを感じながら歩くことができる。
そんなあなたの足跡に、きっと幸せがついてくるでしょう。


 
     草庵に 起きても寝ても 祈ること
 
          我より先に 人を渡さん
  道元禅師

             戻る