2003年4月1日
                              ふるさと
     第51話     故郷の心
                    
          
人々の心の底にあるもの、それは、
             それぞれの故郷の心、やさしさの心です


ハイテク爆弾の炸裂するところに、まぎれもなく血の通った人間の命がある

 9月11日に起きた同時多発テロの恐怖を体験した米国の人々でなければ、イラクへの先制攻撃の意味は理解し難いのでしょうか、反戦世論が国際的に大きく広がっているにもかかわらず、米英はイラク攻撃に突入しました。イスラム諸国に、米国の価値観を押しつけようとする戦争に突き進む大国、この中東地域では民族と宗教の絡んだ紛争が絶えず、いっそう複雑になってきました。

 高度な技術を駆使して得た情報をもとに、ハイテク兵器を大量に投入する米英のイラク攻撃は、圧倒的な軍事力の前に、イラク軍の戦意喪失をねらったものだそうです。けれども、高度な技術を駆使しても、人々の心の情報まで把握できません、かえってイラク国民の反発を高め、国際的な反戦運動が大きくなっています。そして今後、報復の怨念からテロの頻発という見えない世界大戦を誘発する危険性をもはらんでいます。

 米英のイラク攻撃では、スマート(賢い)兵器とよばれる誘導装置を備えた精密誘導爆弾が大量に投下されている、狙った標的を正確に撃破する衛星利用測定システム、すなはちカーナビがついた爆弾は、最小の誤差で標的を破壊する、まさにコンピューターゲームかと錯覚してしまう、けれども、投下し炸裂するところには、まぎれもなく血の通った人間の命があるのです。

人間の戦争とは、何か

 人間は日常語としては「ひと」「人類」などを意味しているが、文字からいえば人(ひと)の間(あいだ)であり、本来は「人の住む所」「世の中」を意味しています。

 どんな生き物でも争いはあります、優秀な子孫を残そうとするからです。けれども人間の戦争は、動物の争いと全く内容を異にします。自然の摂理を超えて、同種すなはち人間同士で殺し合いをするからです。また、自然界にはそれぞれの生態系があり、生き物はすべてそれぞれの生態系のままに生きているのに、人間だけがそれを変えてしまう。破壊力の大きな武器を使った近代の戦争は生態系までも大きく変えてしまう。

 人間も他の生き物と同じ生物だが、人間は、自己を限りあるもの、みじめなもの、ちっちゃな存在であることなどを自覚する能力を持っており、それがために命の尊さに気づいている。すなはち、人間は死を知っています、だから、心の安らぎを求めるのも、自殺するのも、戦争するのも、人間だからでしょうか。
 「生き物である人間とは何か」「人間の戦争とは何か」、根源的な問題を問い直さざるをえません。

人々の心の底にある故郷の心は、やさしさの心です

 故郷(ふるさと)を遠く離れて生活する人も、華麗な魅惑に幻惑されて大都会に出てきた人でも、なにかのはずみに、故郷の天地に思いをはせることがある、そんな時、むしょうに帰りたくなる、このもどかしさ、じれったさ、これが故郷の心です。

 どんな人間でも故郷を思慕する心をもたない人はいない、この故郷に憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる清らかな泉であります。人の心の底にある故郷の心は、人間本来のやさしさの心です


 激戦の戦火の下においても、民族、宗教にかかわらず、人々の心の底に、それぞれの故郷の心はある。戦時下では故郷の心など抹殺され、故郷の心など忘れ去ってしまうかのようですが、戦場ならばこそ故郷の心は消えることなく、平和な故郷への思慕はよりつのる。

 どの人、どの民族にも、それぞれにかけがえのない故郷がある、他民族に踏みにじられたくない故郷がある、人々の心の底にあるもの、それが故郷の心です。お互い人間だから、故郷の心、やさしさの心には、人類共通の相通じるものがあり、民族や宗教のちがいを超えて共感できるはずです

チグリス河、ユーフラテス河は静かに流れ、アラブの大地に太陽はのぼる

 米英のイラク攻撃の戦火が終息したとしても、この地に生きる人々の心は、容易に癒されず、消えることのない深い憎しみの傷跡がいつまでも残るでしょう。イスラムの社会では、民族と宗教のちがいにおいて、人権の抑圧からの解放だとか、民主主義の勝利だといっても、西側の治世システムは馴染まないことが多いでしょう。

 この地を故郷として生きる人々が、自らの選択において、平和な故郷を復興されるよう、国連を中心にして、さまざまな利権を絡めることなく支援しなければ、過ちを繰り返すことになる。とりわけ石油資源と、アラブの人々の意識構造について、国際社会の慎重な対応が求められる。

 人間の愚かな戦争の行為が幾度となく繰り返されるけれど、やがて季節はめぐり、砂塵舞う荒野にも、戦車に踏みつけられた芳草は緑なし、花を咲かせる。傷つき倒れ、戦場の露と消えた亡骸も、破壊されつくしたすべてのものの上にも、砂嵐が吹き荒び、砂塵が積もり、やがて消え去ってしまう。アラブの大地に太陽はのぼる、チグリス、ユーフラテスの静かな流れは変わらない。

 人類の文明発祥の地、チグリス、ユーフラテスの清き悠久の大河を戦場の修羅場と化して、汚すことがあってはならない。戦争が速やかに終結して、戦後の復興が万国一致の協力の下に進められ、イラクの若者や子供たちが、夢多き未来を語れる日が早く来ることを共に祈りましょう。

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