2022年6月1日 第281話
             
如是雲雨

    諸法は如是相なり、如是性なり、如是身なり、如是心
   なり、如是世界なり、如是雲雨なり、如是行住坐臥な
   り、如是憂喜動静なり 
正法眼蔵・諸法実相  



劣等感

 学校の成績や職場での実績とか昇進において他の人と差をつけられた時、とても落ち込む人は劣等感をもちやすいタイプかもしれません。そういう人は自分に自信がなく、優れた人たちの中にいるのが辛くなります。ところが人によっては同じような状況であってもそれほど落ち込まない人もいるようです。

 自分が人より劣っていると感じると、自分に自信がもてなくなり劣等感をもってしまいます。自分が劣っていると感じる気持ちが強くなると自分を責めたり、無気力になったり、その気持ちをごまかすために相手を攻撃したり、嫉妬したりしてしまうようです。劣等感を隠すために自慢したがる人もいます。また、自分がどれだけ不幸であるかをアピールして、他人からの注目や慰めを得ようとする人もあります。このような行動は自分をごまかせても、劣等感そのものを克服していないのです。

 劣等感を持つ理由としては、性格的な理由、幼少期の環境、親や先生からの言葉がけなどがあると心理学者のアドラーはいう。劣等感をもちやすい性格としては、物事を悪い方向に考えがちな人、なんでも完璧にしないと気が済まないタイプの人、理想が高い人も劣等感に悩まされやすいようです。劣等感をもちやすい幼少期の環境として、兄弟や、子供同士の間で成績、性格や容姿を比べられることで劣等感をもつようになる。親や先生からの言葉がけとして、他人の子供と比べられたり、また勝たねばダメだといわれると、自分に自信が持てずに他人と比較してしまい劣等感に苦しむようになるという。

 劣等感はこの他にも、身体的あるいは精神的な制限、経済状況、性別、社会的差別、人種、などによる機会不平等によっても引き起こされる可能性があるという。自分自身が他人と比較して精神的、身体的になんらかの欠点を持ち、無価値な存在であると思ってしまったり、つよく意識せずとも日常的に劣っているという感情傾向にあることも劣等感というようです。

劣等感の克服は自己の成長なり

 劣等感は優越感の裏返しであるといわれます。知的な競争では劣っていると感じている子供が運動競技で優越を確保しょうとするのは劣等感の裏返しである優越感を保とうとするあらわれであるかもしれません。劣等感があまりにも強すぎると、過度の優越や権力をもとめたり、うつ病になったり、落ち着きをなくしたり、せっかちで激情に陥りやすくなったりします。人間は成長の過程で自我を発達させるが、その過程で競争意識が生まれ、その競争において挫折すると劣等感が生じて、暗く沈んだ気持ちになってしまいます。だがこれを克服すると自信につながります。

 劣等性とは、人が持つ器官や特徴、行動を他の人と比較して劣っているとする判断です。この劣等性に対して負い目や恥を感じると、これが劣等感になります。アドラーは程度の差こそあれ人は劣等感をもっており、劣等感を取り除くために自分を改善するのだと考えました。劣等感を感じることでマイナスに感じる境遇からプラスに感じる境遇へと自分を変えようとします。劣等感を感じることは自分を改善しようとする原動力にもなるので悪いことではない、劣等感を生き方の目的に転換していくというのがアドラーの説です。

 劣等感は自分と人とを比べることで起きます。自分自身と起きた問題やできないこととは別ですが、劣等感の強い人はできない自分を自分そのものだと思ってしまい、自分自身に無価値感を感じたり自己否定をしてしまうのです。問題と自分自身を分けて考えるべきで、劣等感の暗い感情に浸かってしまうことなく客観的にみれば解決策もみえてくるはずです。自分と自分の行動を分けることで問題の解決につながり、自己成長においてよい影響がでるでしょう。

 人間は劣等感をもっているからそれを補うために努力し、そのことを通して人格向上がはかれ進歩します。劣等感を持つ人がすぐに自分を変えることはむつかしいけれど、すこしずつ見方を変えていくと、かならず劣等感の克服に近づきます。自分自身の成長のためにも劣等感をうまく利用すべきです。人間社会では人と比べられることが常にあり、これはなくせないから、人と競争せずにすむためには、他に貢献する行動をすればよいでしょう。他に貢献することで、他から自分を必要とされ、感謝され、尊敬されることで、自分が社会から認められたという実感が得られます。それにより劣等感も克服できるのです。

般若心経の空とは、固定的な実体が無いこと

 般若心経は空を説き、そのキーワードは因縁です。この世のことごとくが縁起により現象し、存在していると、縁起の理法を説いています。どんなものでもそれが現象し、存在するためには、原因と条件(縁)がその前提となっています。何らかの原因があって、それに条件が作用して現象、存在することになり、また、しなくなるということです。縁起により生じ、縁起により滅します。したがって、この世とはそれだけで存在しているものはなく、全てがつながりのもとにあるから、原因と条件が変わると変化して同じ状態をとどめないから無常です。この世の何もかもが無常であるから諸行無常です。そして、縁起により生じ縁起により滅することから、ことごとく固定した実体というものがないから無我です。この世の何もかもが無我であるから諸法無我です。

 般若心経の空とは固定的な実体の無いこと、空ろ(うつろ)ということです。空は無であり、インド人が世界史上最初に発見した数字のゼロです。人間は感覚器官でこの世の現象、存在を認識しますが、そのことごとくが空すなわち固定的な実体の無いものであるという認識をしているでしょうか。この世の現象、存在は変わりゆくものばかりで無常であり、変りゆくものであるから固定した実体というものはないから無我です。人命も変わりゆくものであるから無常であり、固定した実体でないから自我もなく無我である。この世の現象、存在はすべてが空であるから、無常であり無我であるということです。

 諸法とは現象、存在のことで、実相とはすべての事物の真実の相、すなわち空です。有無の偏見をはなれて諸存在をみれば、真理(法)につらぬかれてそれぞれの姿(相)があらわれていることに気づきます。
 一切の存在はあるがままの真実の相(如是相)であり、真実の性(如是性)であり、真実の身(如是身)であり、真実の心(如是心)であり、真実の世界(如是世界)、真実の雲・雨(如是雲雨)であり、人間の日常生活のすべて(如是行住坐臥)であり、そのままの憂い・喜び・行動・静止である。このように道元禅師は正法眼蔵・諸法実相の巻きで説いています。

 この世の現象、存在は、ことごとく、燃える火、雲、雷、露、泡の如しです。現象、存在は変りゆくもので無常であり、固定した実体がないから無我です。人命も縁起により生じ縁起により滅するから、誕生は老化の始まりだから無常であり、生死一如で固定した実体はなく無我です。ですから、変わらない自分だと思う人は迷い、変われる自分だと思う人は迷いから抜け出せるのです。また、変化に気づいて生きる人は生きづらさを感じることが少ないけれど、変わらないものだと思う人はどこまでも生きずらさがつきまといます。かくなることを知らないのを無明といい、無明だから迷い苦悩すると般若心経は説いています。

自己の尊厳を自覚することが、劣等感の克服です

 この世のことごとくが変わりゆくものばかりで、無常です。私たちの身体も絶えず新陳代謝しているから、自分の意識では変わらないと思っていても一分一秒同じ姿でない。厳密に言えば昨日の私と今日の私はちがいます。昨日と今日と、写真の私は変わっていないように見えるけれど、一年もたてばかなり変化している私に気づくでしょう。病気や老いが進行しておればちがいは歴然です。劣等感にこだわってみても、劣等感の持ち主である自分自身も瞬時に新しい私に変わっています。したがって劣等感の私は過去の私であり、今の私でないのです。

 過ぎ去ったことにこだわっても、自分の意思に関係なく刻々と新しい私に置き換わっていきますから、過去の私はどこにも存在しないのに、過ぎたことを引きずる人は存在しない過去の私の幻影にいつまでもこだわって悩み苦しみ続けています。身心一如ですから身も心(自我)も変わりゆくものであり、固定した実体でない、すなわち無我です。一分一秒同じでなく変化するから無常であり、執着しても実体がない無我であるのに、変わらない劣等感の自分という幻影に固執して妄想している。これを般若心経では無明であると説いています。

 劣等感に苦しむことなく生きられたら、人生を楽に過ごせるでしょう。劣等感はかけがえのない個性であり、幸せをもたらす福の神だと思えば、劣等感をなくさずに劣等感を克服できます。劣等感は自己成長することの原動力になることから、むしろ劣等感を持っていた方がよいとアドラーはいう。仏教では、無明、すなわち無知である自分自身に気づけば、自分を変えられるから劣等感を克服できると説きます。

 この世の存在や現象は、ことごとくが雲雨の如しで、生じては滅するものばかりで固定した実体がないのです。けれども有るとか無いとかの分別心により、なにごとにも執着すればそのことが理解できないから苦しみの迷路に陥ります。分別心をもつ凡夫には仏法という真理は会得できないから、この執着から離れるべきです。静かに坐(坐禅)り身と呼吸と心を整えると、自己はそのまま仏なり、真実人体であるという自己の尊厳が自覚ができます。自分の無明なることがわかれば、劣等感は消滅して涅槃寂静のおだやかな心境が得られるでしょう。無明という煩悩が苦をもたらすから、自分自身の無明なることを知ることで劣等感を克服できるのです。

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