2021年11月1日 第274話
             
煩悩即菩提
   いわゆる坐禅は修禅にあらず、ただこれ安楽の法門なり、
   究尽菩提の修証なり。  普勧坐禅儀 

人間は悩む生きもの

 人はどうして悩むのでしょうか、今風に言えばなぜメンタル不調に陥るのでしょうか。地球上には多くの生きものがいますが、たとえば犬や猫は飼い主の目から見ても、悩んでいるように見えません。チンパンジーのような知能の発達した霊長類は悩むのでしょうか。動物の心理は人間にはわかりませんが、悩みがあるとしても、悩みの果てに自死したりしないから、たぶん人間のような深刻な悩みはないのでしょう。

 だれでも一つや二つの悩みを抱えて日々の生活をしています。仕事や学校での悩み、人間関係や家族のこと、子育てのこと、経済的なこと、恋愛や、男性または女性ならでわのこと、自分の性格や身体のことなどです。このように悩みには身体的な悩み、精神的な悩み、経済的な悩みなど色々です。そしてそれらは単一であったり、様々な悩みが複雑に絡み合っているものもある。これらの多くがストレスによる現代病であるといえるでしょう。
 悩むとは、苦しみ、思いわずらうということで、身心ともに病むということです。身心一如だから、精神的病は身体の病を、身体が病むと精神的にも病んでしまいます。

 人は日常さまざまな悩みを抱えて生活しています。このことを仏教流に表せば、四苦八苦しながら日々を過ごしているということです。四苦とは、生・老・病・死です。これに怨憎会苦(憎い者と会う苦)・愛別離苦(愛する者と別れる苦)・求不得苦(不老や不死を求めても得られない苦、あるいは物質的な欲望が満たされない苦)・五取蘊苦(迷いの世界として存在する一切は苦であるということ)を加えて八苦となる。これらは古今を問わず人類共通の悩みです。

 それでは人はどうして悩むのでしょうか。なぜ悩みは尽きないのでしょうか。悩みの原因の一つに、人間の複雑な思考パターンがあるといわれています。人間には本能的に抱くマイナスの感情があり恐怖と不安の要因があり、それで将来何が起こるかわからないことに対する不安を抱くのです。自己をコントロールできるという高慢さも心の病を招きます。かくありたいと思う、かくあるべきだとする自分と、今の自分とのズレも悩みとなるようです。また、ものごとを大雑把にとらえる人の方が、完璧主義の人より悩みを引きずらないようです。人間は悩む生き物です。

悩みと付き合うことが悩みから逃れる術である

 悩みからのがれる方法ですが、自分を客観的な立場におくことで、悩みに埋没しないから、気持ちにゆとりができるでしょう。つまり視点を問題から遠ざけることにより、ものごとの全体像が見えてきます。そうすることにより解決策がみつかるかもしれません。人間社会でなく自然界は真理が露出したところですから、自然の中に身をおくことで癒やされます。旅に出ると環境が変わり新しい出会いがあるから気分が一新します。こうして開き直ってみるのも効果があるでしょう。また、スポーツなどにより汗をかくことで、悩みのエネルギーを身体のエネルギーに変えられるでしょう。

 これらは自分の力で悩みを解決するということですが、人に相談する、他人の力を借りるということで悩みが解決することもあるでしょう。人に話せる悩みは誰かに話すと気が楽になるでしょうが、人には話せないような悩み事もあります。けれどもそういう悩みこそ、他の人に聞いてもらい相談することで胸のつかえやモヤモヤが解消するでしょう。
 コロナ禍における悩み、災害などに被災したことから生じる悩み、突然に遭遇した事件や事故による悩みなど、さまざまな悩みにも向き合って生きていかなければなりません。心が折れそうで、くじけてしまいそうな時にも、前向きにプラス思考になれるようにしたいものです。

 ある問題について、苦しみ、思いわずらっている状態が悩みですから、その苦しみや、思いわずらっていることが取り除かれ、あれこれと考えることがなくなれば悩みは解消します。誰かに相談すると楽になるかもしれません。悩みが深刻にならないうちに精神科医や心療のカウンセラーに相談する。経済的な悩みや民事上の悩みはその筋の専門家に相談するとよいでしょう。普通とは曖昧な概念ですが、悩みが解消するとは、普通の生活ができる状態に戻れるということです。

 悩みがあって当たり前だと開き直れる人、悩みの不安定要因を放り出せる人は、悩みの程度も浅くて、立ち直りも早いでしょう。このことが悩みの尽きない人と、悩まない人との違いかも知れません。自分の力で悩みを解決できればよろしいが、他に助けをもとめるのも悩みの解消法です。悩んでいるのは自分だけでないから、生きている限り悩みと付き合っていくしか悩みからのがれる術はなさそうです。

煩悩即菩提

 五欲とは仏教用語で、五つの感覚器官(五根)である眼・耳・鼻・舌・身から得られる五つの刺激、すなわち色・声・香・味・触に執着することによって生じる五つの欲望で、色欲・声欲・香欲・味欲・触欲のことです。これらの欲の発生源は人間を形作る心と体・五蘊(ごうん)である色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊とされています。
 また別に、五欲を財欲・色欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲ということもある。言いかえると金銭欲、色情・性欲、食にとらわれる欲、虚栄・名誉欲、だらけていたい睡眠欲です。人間の欲望は尽きないから、この世界を欲界といいます。欲は煩悩であり、苦しみの発生源であるから、迷いそのものです。

 食欲、色欲、睡眠欲は動物としてあたりまえの欲と思われがちですが、度が過ぎてしまうのが人間です。財欲、名誉欲は人間だけの欲ですが、それに溺れてしまったり、自分を見失ったり、謙虚さを忘れてしまうと、破滅につながります。これらの欲自体は恥ずかしいものでないかもしれませんが、道から逸れないように自己コントロールを利かせるべきです。けれども、自己コントロールが不得手であるから凡夫というのでしょう。

 この世の一切のものは縁起により生滅することから、五蘊
は皆空なり、それは夢、幻のようなもので、死んでしまうと跡形もなく消滅してしまう「空」です。五欲という「色」も露や雷の如くで、生じたら消え失せてしまうから、色即是空、空即是色です。ところが欲にこだわると欲からぬけだせなくなり、底なし沼にはまり込んでしまう。これを「無明」という。生あるものはことごとく滅するから、人は死ねば煩悩は消えてしまう。煩悩の炎が消えることを涅槃といいます。それで生死は即ち涅槃ですが、生きているうちにこの道理を知ることが悩み無き生き方に通じるのです。

 欲は満たされないと求不得苦
(ぐふとく)として悩みにつながる。欲は苦しみや悩みのもとでもあるけれど、ある意味では活力の原動力にもなります。また私たちの体は仮のものであり、空虚な存在です。だから欲だって空虚なものであると気づけば、無明の迷いも晴れて悟りにつながる。煩悩は即ち菩提であると、般若心経ではこのように説いています。

安楽の境地

 お釈迦様は人の悩みや苦しみの原因は自分の心の中にある煩悩から生じてくると教えられました。煩悩とは、身心を乱し悩ませ、正しい判断をさまたげる心のはたらきで、貪
(とん)(じん)(ち)の三毒が煩悩の根源であるとされています。むさぼり(貪)いかり(瞋)おろかさ(痴)です。おろかさ(痴)とは物事の正しい道理を知らないことで無明すなわち迷いです。これは自己中心の考えや、それにもとずく事物への執着から生じるとされています。

 煩悩とは本来清浄な人間の心に付着した汚れのようなものですから、人が本来もっている仏心すなわち自性清浄心を自覚することが、悩み無き生き方につながります。けれども人は煩悩の入れもののようなものですから、一つの煩悩が消滅してもまた新たな煩悩が頭を持ち上げてきます。それで煩悩からのがれられないのです。だから煩悩からのがれられないということをしっかりと認識して、自己本来の清浄心、不染汚の自己を保つ努力を常に忘れないということが煩悩の炎を大きくしない方法です。
 人はだれでも悩むことなく幸せに生きたいと思っています。けれども悩みや苦しみが次々に生じてきます。悩みや苦しみから抜け出せれば、その体験が自信となり成長の糧となるから、悩みや苦しみを乗り越えられたら人は成長していきます。

 仏教では悩みを苦として、苦からの脱却をめざします。苦から脱却したところが心安らかな安楽の境地です。その状態が持続できれば苦が小さくなります。
自己のおろかさ(痴)に気づいて、自己中心の考えや、事物への執着から少しでも離れること、つまり、自己の無明なることに気づいて、煩悩を知り煩悩の炎を鎮めることができれば物事の正しい道理を知ることになる。煩悩がそのままさとりになるから、煩悩即菩提といいます。

 お釈迦様は煩悩の消滅した状態を涅槃寂静とされ、安楽の法門は坐禅なりと教えられた。道元禅師は只管打坐がその境地であるとされました。只管打坐とは、ただひたすら坐禅することで、全身心をあげて坐りぬくことです。「いわゆる坐禅は修禅にあらず、ただこれ安楽の法門なり、究尽菩提の修証なり。」、煩悩まみれの自己であるが、静かに坐ることが安楽の境地そのものであるから、心安らかな自己にたち帰ることができる。日常において姿勢を直し、肩肘張らず、呼吸を調えて、少しでもよいから静慮の一時を持ちたいものです。

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