2020年2月1日 第253話
             
利生

     たとひ在家にもあれ、たとひ出家にもあれ、
    あるひは天上にもあれ、あるひは人間にもあれ、
    苦にありといふとも、楽にありといふとも、
    はやく自未得度先度侘の心をおこすべし。
                        正法眼蔵発菩提心


エビやカニは脱皮して成長する


 エビやカニの殻の主成分は、「キチン」という化合物です。キチンは植物のセルロースと同じような構造の高分子です。生物がつくり出す化合物のうち、地球上で最も量が多いのは植物のセルロースで、キチンはそれに次いで多いといわれています。

 エビやカニなどが古い表皮を脱ぎ捨てることを脱皮といいます。脱皮とは、昆虫を含む節足動物、爬虫類、両生類などに見られることですが、自分の体が成長していくにつれて、その外皮がまとまって剥がれることです。

 エビやカニはキチンを表皮として糖類から合成しています。そして成長に合わせて何度も繰り返し脱皮を行い体を大きくしていきます。外骨格を完全リニューアルすることができるということです。

 甲殻類などの脱皮動物は成長するために脱皮をしますが、脱皮は危険をともなうようです。しかもやっかいなことに、生まれてまもないころから定期的に始まるから大変です。人間が毎日古い角質をポロポロさせているのとはわけがちがうようです。

人間は向上心で成長する

 脱皮に失敗するのはそれほど珍しいことではないようです。等脚類であるダンゴムシの場合は、上半身と下半身の二段階で脱皮するそうで、どちらでも失敗することがあるようです。失敗すると古い殻が脱げないままの状態になり、脚や触角などはそのせいでほとんど機能しなくなり、長生きは難しいと考えられています。

 脱皮直後は殻がやわらかく、傷つきやすいから危険な状態です。脱皮は多大なエネルギーと、外敵に狙われるリスクを背負っての命がけの大仕事です。これを繰り返していくことで節足動物は成長していきます。カエルや蛇などの脊椎動物が皮膚を更新することも脱皮です、昆虫も脱皮を行い成虫になります。

 人間は成長するごとに脱皮をくり返すということはありませんが、身体もそして精神的にも一回り二回りも大きくなることを、成長するといいます。どうやらその成長の型には大きく分けると、昆虫類や爬虫 類などのように、成長のため古くなった外皮を脱ぎ捨てるタイプと、木が太っていくような年輪型とがあるようです。

 古い考え方や習慣から抜け出して新しい方向に進むことを「旧弊からの脱皮を図る」といいますが、古い考えや習慣を捨て去ることをいうのでしょう。また、人が成長することは向上するということですから、知識能力を高め、人格の向上をめざすということでしょう。したがって向上心を高く保持している人とは、脱皮型と年輪型のバランス感覚の絶妙な人をいうのでしょう。


感応道交

 仏性とは、宇宙の始まりから宇宙に終焉があるとすればそこに至るまで変わらない真理のことです。その仏性が露わになった存在が仏です。星々も、地球も、そして山川草木も、生きとし生けるものすべてが仏です。ですから人も仏です。
 発菩提心とは自己の仏性に目覚めて、仏の生き方をすることです。菩提心は仏心であり、般若心経では阿耨多羅三藐三菩提と表されています。

 向上心とは真理をもとめ真理に生きることであり、仏教では真理を自己の上に実現することを意味します。また尽きることのない煩悩という角質をポロポロ落とし続けることでもあります
から、発向上心は発菩提心です。

 向上心すなわち菩提心の保たれた生き方をしておれば、おのずから慈悲心が育まれます。このことを道元禅師は感応道交するといわれた。自分が他の人の苦しみ悲しみを受けとめ、その苦しみ悲しみを取り除いてあげて、よろこび楽しみをさしあげること、そのこころが慈悲心であり、そういう生き方をすることも発菩提心であると道元禅師は教えられた。


 この世は人間だけでなく、なにもかもが互いに関係しあって存在している。それぞれが互いを必要とすることでこの世は成り立ち、それぞれが存在しています。
 生きとし生ける命は、お互いに生かし合っている。どんな命も欠くべからざる存在であり、どれ一つが欠けても他を生かし合えない。この世に生きているということは、自分のために生きているのではなく、他の命のために生かされている。これが利生という根本原則です。

他から世の中から必要とされる生き方が、利生

 人は一人では生きていけません、生きとし生けるものみな同じで、ただ一つで存在できるものはない。人間という言葉の意味は、世の中ということです。世の中に生きているということは、一人一人が世の中の構成員であり、他の人とつながり、支え合う存在です。すなわち必要とされる何かがあるから、その人は存在している、必要でなくなれば存在する意味を失うということでしょう。

 自分など生きている意味がない、生きている価値もない、だれも自分の存在など必要としていない、などと思いこんでいる人もあるようですが、はたしてそうでしょうか。そうではなく、この世とは共生の世界であるから、世の中では今、何を必要としているのか、世の中で必要なことをしっかりと自分で見つけだせれば、それが仕事になり、生きていけるはずです。

 世の中において必要とされる人格、必要とされる能力をそなえた人ならば、世の中は必ずその人を必要とするでしょう。この世では、他に必要とされる生き方をするという自覚が大切です。自分はどのように必要とされているのか、なにをすればよいのか、自分探しを続けていくべきです。人が成長することは向上するということ、すなわち脱皮を継続させていくことであり、幸せとは、他に必要とされる生き方をすることでしょう。

 「あるひは天上にもあれ、あるひは人間にもあれ、苦にありといふとも、楽にありといふとも、はやく自未得度先度侘の心をおこすべし。 」(正法眼蔵発菩提心)   他の幸せを願うという慈悲心の発露した生き方が利生です。利生すなわち利他の生き方を日々に実践する善行を修することにより、善業が自身の身についていきます。この生き方こそが脱皮型と年輪型のバランス感覚の絶妙な人の生き方ということでしょう。

 
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