2017年9月1日 第224話
             
人間とは「世の中」

      世の中に、(まこと)の人や、なかるらん、
        限りも見えぬ、大空の色   道元禅師
    

何のために生まれてきたのでしょう

 
 「私は、何のために生まれてきたのでしょう。私は、いったい何のために生きているのでしょう。それがわからなくなりました。」つらく悲しいことが続きますと、だれでも、そんな疑問を自分自身に問いかけるでしょう。

 そして苦しみから逃れるために、死んでしまいたいと思うことがあるかもしれません。ところが死がどういうものか、だれにもわからないから、死にたいしても恐怖を感じてしまいます。他人の死を認識できても、自分で死を体験できないからです。
 
 この世に存在するどの生き物も、自己の遺伝子を多く残すために生まれてきた。生き物たちは生き死に疑問を持つことなく、命を受け継ぎ、子孫を残して命を伝え、そして死んでいきます。生き死に疑問を持つ人間も同じでしょう。
 
 どうして人間は自ら死にたいと思ったりするのでしょうか。他の生き物は自死しないのに、なぜ人間だけが自死するのでしょうか。「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか」この問に答えられないからです。でも、それを一生の問いとして生きていかねばならないのです。

幸せであるといえるのは、どういうことでしょうか

 幸せであるといえるのは、どういうことでしょうか。健康で長生きは人の最大の願いですが、病にならない人、老いることのない人、死なないという人はいません。財があれば幸せだと思うでしょうが、財は無いと心配ですが、有れば失うという不安がともないます。

 よき家族や友達があって、人とのつながりもうまくいっておれば幸せであると思うけれど、それとてもいつか別れがあるはずです。美味しいものが食べられたなら、などと、人の欲望は限りないものですが、いずれも幸せであると言い切れるでしょうか。

 よく普通の生活とか、普通のおつきあいなどと、普通という表現をしますが、普通などないはずです。普通の人間、立派な人間、つまらない人間といっても、しょせんは人間の価値判断であり、宇宙の尺度があるとすれば、人間の尺度はあてにならないものです。 

 「人間」とは、という意味を広辞苑でひきますと、はじめに「世の中」とあります。すなわち、人と人とがさまざまに関係を持ちながら生きていくところがこの世ですから、「人間」すなわち「世の中」なのでしょう。
 だから、この世に生まれてきて、今生きていることを喜びに思う人。他から感謝され尊敬される人。その人は幸せであるといえるかもしれません。

真実の姿(実相)

 「世の中」とは、瞬時たりとも同一のままでありえないこと、いかなる存在も不変でなく、本来は空虚なものです。人の命も、実在する万物一切も、瞬時たりとも同一のままでありえない。この真実の姿(実相)を、お釈迦さまは諸行無常であるといわれた。

 人の命も、見えるもの聞こえるもの、実在しているもの、いずれも生あるものは滅ありで、本来は空虚なものです。この真実の姿(実相)を、お釈迦さまは諸法無我といわれた。

 植物は枯れる、動物は死ぬ、表し方は異なるけれど、生まれてきたものは必ず死にます。死は消滅を意味するから、どんな生き物も死から逃れようとします。けれども「世の中」とは個々の生き物の生死を超えた大きな食物連鎖の世界であり、生き死は自然な姿です。

 人間は煩悩によって認識するから、生き死を自然な姿として受容できないようです。煩悩の炎が吹き消されたとしたら、「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか」という疑問も消滅するでしょう。煩悩の炎が吹き消され、真実の姿(実相)が露わになった境地を、お釈迦さまは涅槃寂静(ねはんじやくじよう)といわれました。

生きるとは、生かしあうこと

 「世の中」とは生死を超えた生かしあいの世界です。だから、この世に生まれてきたすべての生き物は、生かしあうために生まれてきた。生きるとは、生かしあうことで、人も例外でない。

 生かしあいのために自分も「世の中」に必要とされている。それで自分が他に必要とされるに値する人であるかが問われます。したがって自分しかできないという能力を身につけるべきです。「世の中」で自分に何ができるのか、そこが大切なところでしょう。

 いかなる存在も不変でないから始めがあり終わりがある。したがって生きているのは「今」です。実在しているすべてのものは本来は空虚なものだから、命も自分のものであって自分のものでない。自分の命も授かった命であり、必要だから生かされている命です。

 人間という意味は「世の中」です。だから世の中に必要とされる自分であるべきです。そのために向上心を鼓舞して自己の人格を高める努力を日々怠らないことです。
 人間は「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか」このことを問い続けているかぎり、迷い道に入ることはないでしょう。

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